2008年04月24日

「生きるために腎臓を売るフィリピンスラムの住人たち」 【フィリピン】




フィリピン・マニラ湾の波止場にあるスラム街
バセコ(Baseco)に住む男たちは、住人としての2つの目印
ギャングであることを示す「入れ墨」または腎臓を売ったことを示す
「傷あと」のいずれかを持っている。

イメルダ・マルコス(Imelda Marcos)元大統領夫人の命によって
湾からかき集めた泥で作られた52ヘクタールのゴミ捨て場は
フィリピンの絶望的な困窮状態を表わしている。

港湾作業員やポーターになろうとフェリーで別の島々からやってきて
ここに住み着いた人の大半は、技術もなく
教養もないという身分から逃れることはできない。
事態が悪化すると血液を売り、万策尽きると内臓を売ることになる。

この臓器売買のニュースを聞くたびに考えることがあるんですが
自分の命や健康を金で買うことの是非について
それともう一つは
その結果、ドナー(臓器提供者)に強いるリスクについて
なんですね。

自分が長生きしたいがために大金で臓器を買うと言うことと
自分に臓器を提供してくれた人がその後の人生において
健康的なリスクを背負う問題
って言うのは非常に大きな問題だと思います。

最初の臓器売買の是非は社会や医療倫理として
大いに議論をしていくことが重要だと考えますが
僕は臓器売買に対して肯定をしません。

今回のニュースはその次の問題である
ドナーが背負うリスクについてなんです。
僕が考えるに・・・ 極論ではありますが
もし、仮に臓器売買のシステムを構築したいと考えるのであれば

臓器を買うってことは、ドナーの命そのものを買うこと
ドナーの一生をケアしていくシステムの構築
を義務付けが必要になるのではないかと思います。

つまり、つまり、金持ちしか長生きすることが許されないわけ?
と言う意見をお持ちになられる方が、いらっしゃるかと思いますが
貧しい人達からなら金の力で臓器を提供してもらってもいいの?
自分が生きたい、健康でありたいがために
いくら金を積んだからと言って、他人を犠牲にしてもいいの?

と言うことも言えるかと思います。

この問題は今後において、慎重に且つ大いに議論をしていくべき
問題なのではないでしょうか?


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posted by ニコニコナッシュちゃん@フィリピンライブチャットざんまい at 08:07| ニュース・コラム・雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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